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2003-05-04

_ どこをどう押しても動かないパズルをいじっていても、何も面白くない。もしルービックキューブが、最初から頭を使わなければどこも動かせないような代物だったら、誰もはまらなかっただろう。色がそろわなくても、形や模様が次々に変わっていくからそれなりに楽しかったのだ。

何も動かないものを動かそうと試みつづける作業は、本当に人を消耗させる。「どうしようかなぁ」と思ってみても、何も思い浮かばない。その種のスタミナが奪われるのだ。単なる休養ではこの種の疲れを取り去ることができない。休んでいても疲れつづけるばかりだ。大学に入ってからずっと、長期休暇が明けるたびに久々に会う友人から「痩せたね」と言われつづけ、逆を言われたことがない。痩せたのは体だけではないような気がする。

_ 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』(講談社)

4061850059村上春樹が読みたくなったので、積んであった『ダンス・ダンス・ダンス』(イメージは文庫だけど、ハードカバー版)を引っぱり出してきた。読み終えた直後で咀嚼していない瞬発力だけの感想を。

瞬発力だけで言ってしまうと、この作品はピンと来なかった。まだピンと来ていないだけなのかもしれないが、どうもぼんやりしている。

この作品は88年10月に発売された。全般に漂う「バブル感」が本当に古くさく感じた*1のは、つまり僕がすんでのところでバブルに乗り損ねた世代で、しかもそれなりに歳を食ったということなのだろう。発売されたときのことは薄ぼんやりと記憶にあって、当時のテレビのランキング番組でもしきりに名前が出ていたのを覚えている。作中で幾度となく使われる「経費」が、特に時代を感じさせる。

「経費」に対する違和感を主人公がずっと抱きつづけ、最後に手に入るささやかな幸せがそのカウンターの役割を担わされている——という解釈を与えたとしても、そこそこ妥当性がある。この作品を切なく感じるのは、そういう側面を持っているからだ。村上春樹は、マーケティング用語で言う「フック」をとても巧みに使う作家だが、時代の文脈に依存しすぎた「フック」は作品自体の(良くない意味での)加齢を早めてしまう。だがこの点をあげつらうのは卑怯な*2気もするし、当然ながら作家としては大きな武器となる点でもある。むしろ15年後に読んでいる人間が気を遣うべきだろう。

当時の文脈に気を移す。というとどうしても、この作品の主人公が「〈鼠〉三部作」と「原則的には同一人物」だという点に関心が行く*3。で、「〈鼠〉三部作」のあと、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『ノルウェイの森』を挟んで『ダンス・ダンス・ダンス』と来ている。『羊をめぐる冒険』で、ギリギリのところで手に入れ損ねたものを、さらに二度失って、その二度めにはかなり徹底的な逃避までして、それでさらに今回またいろいろ失って、ぼーっと待って、それからやっと手に入る。

うううん、何というか、手に入ることに文句はない。それでも僕は村上作品に喪失の切なさを期待してしまう部分がどうしてもあるんだけど、でもかまわない。それだけで好き嫌いや良し悪しを判断するわけではない。

そうではないけど、その手に入り方がどことなく納得いかないのだ。今回作中に出てくる数々の人物・事件が(例によって)よくわからないかたちでつながっていて、それが最後まで不明瞭なままであるという点も、よくわからなくて不明瞭であることについてはかまわない……のだが、たとえ不明瞭なままであるにしても、それにしても今回は放りっぱなしすぎやしないかと。

よくわからないものについて「でも、そうなんだよ!」と言われたときに「ふむ、そうかもしれない」と思えるかどうか、物語としてどれだけ説得力を持ちうるかは、要素還元できないような部分の話になってくる。今回に関しては、どこかが説明不足というか、抜け落ちているように感じてしまった。「僕のために存在している」とか、「繋がっている」という感覚に深く入り込めなかった。その感覚を支えている部分に手をかける「フック」をみつけられなかった*4

などなどありつつ、何はともあれやっと「手に入れる」ところまで読み進んできた。この先どうなるのかは楽しみ。次は『国境の南、太陽の西』、そして『ねじまき鳥クロニクル』の予定。いつ山から引き出すかはわからないけど。

*1 「トレンディーじゃないんだ」

*2 「フェアじゃない」

*3 「作品は単独で解釈すべき」と言う人がいて、それはかなり有効だし必要なことだとも思うが、そうじゃない場合もあるとは思うし今回は念入りに「原則的に同一人物」とまであとがきに書いちゃってるわけだしというわけです。

*4 もしかすると作品のせいではなく、僕の側の問題なのかもしれない。タイミングが良くなかったりとか。